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おひとりさま、京都で粋な出会い杏 文馨

おひとりさま、京都で粋な出会い

ひとりでふらりと京都観光に出かけるのが好きだ。そして帰る前に決まってお気に入りの老舗に立ち寄り、大好物の葛切りを食べることにしている。

ある年のお彼岸の日のこと。京都観光を終えたあとに、いつもの葛切り屋さんに向かったが、お店の前にはすでに長蛇の列。並んでいる観光客はみんな連れがいる様子だった。そんな中をひとりで並ぶのも気が引けて、時間をつぶしてから再度並ぶことにした。

閉店間際、店に戻るとまだ列が出来ていた。私の前にはあと5・6人くらいだ。閉店前に並んでいるのだから、入店させてくれるだろうと思っていたら、お店の人が並んでいる人たちにこう説明した。「今、並ばれていても、時間になったら閉店します」

たとえ、あと1人で入店できるという状況でも着席できなかったら帰ってください、ということだ。何と無情な……。しかし、毎日閉店間際に並んでいる客にまで対応していたら店が閉められなくなってしまうのだろう。人気店だから仕方ない。せっかく楽しみにしてたのに、時間切れで食べられずに大阪に帰ることになるかも……。ショック。

このまま並ぶべきか、あきらめて帰るべきか悩んでいると、「ひとり?」と私のひとつ前に並んでいた男性に声をかけられた。カラフルなゴルフウエアブランドを着た清潔感のあるおじいさんで、奥様らしき女性と一緒だった。

「はい、ひとりです」と私が答えると、「一緒に入ろか。3人連れっていうことにして」と提案してくださった。「いいんですか……?ありがとうございます…!」申し訳ない気持ちで少し迷ったけれど、親切なお言葉に甘えさせていただくことにした。

しばらくして店員さんが「何名さまですか?」と確認しにくると、おじいさんは「3名です」と、最初から3人だったかのようにさらりと答えた。店員さんがさらに「他のお客さまとご相席になるかもしれませんが、よろしいですか?」と尋ねると、躊躇なく「はい」と答えた。すでに私たちは自発的に相席しようとしている。「まあ、もう相席やけどな」とおじいさんも言っていた。

相席を申し出てくれてとても嬉しかったが、ご夫婦お二人でリラックスして葛切りを食べたかったのではないかな……申し訳ないな……と恐縮していると、おじいさんが「真っ面目そうな子やな!」と笑った。

席に通されて葛切りを食べながら、京都にはお彼岸の墓参り来たのだと話してくれた。後半、奥様と女性同士で話が盛り上がっていると、おじいさんはサッと席を先に立ち「駐車場行っとくわ」と会計伝票もサッと持っていってしまった。なんと相席させてくれた上に、葛切り代も支払ってくれたのだ。とても感激した。この粋な計らい、私にはとっさに思いつかないし、あと何十年たっても絶対に真似出来そうにない。

それから数日後、NHKの朝ドラ「あさが来た」が面白い、という評判を聞いた。途中回からになるが観てみようとテレビをつけたところ、主人公・あさの義父役を演じていた俳優に目を奪われた。

あれ……?このおじいさん……。京都で葛切りをごちそうしてくれた人!?何回も画面を見た。顔を思い出してみた。TVに映っている人と同一人物としか思えない。そのドラマの出演者について調べてみると、義父役を演じていたのは「近藤正臣さん」だった。

さらに調べたところによると近藤さんは京都のご出身。京都にお墓があっても不思議ではない。ひょっとしてご本人だったのではないだろうか……?だとすると同年代の人とは一線を画した声、姿、粋な計らいも納得できる。今となっては確認のしようがない。でも、あの方はきっと近藤正臣さんだった、そう思いたい。

「ひとり?」と話かけてくださった時の声も、キレイな抑揚の関西弁も、やさしい笑顔も、まるで昨日のことのように思い出される。

あの日、もしひとりでお店に行っていなかったら、俳優さんから声をかけてもらって相席、なんてことにはならなかっただろう。ネガティブな印象をもたれがちだけど、「おひとりさま」の方がラッキーなこともあるのだ。

第2回「わたしのノンマリライフ」エッセイ募集コンテストにご応募いただいた方々の中から、杏 文馨さんのエッセイをご紹介しました。