拍手を“される”側だけではなく、拍手を“送る”方も幸せなんだハロピー
「お願いだから一度は結婚して」そう言うのは母だ。五人兄弟の中で唯一未婚は私。母は私に会うたび「売れ残りだ」とか「孫の顔を見るまで死ねない」と言う。挙げ句の果てに「ひとの幸せばっかり願ってる場合じゃないよ」と苦言を呈す。
それも無理はない。私の仕事は結婚相談所のアドバイザー。かれこれもう十年になるが今まで総勢千組以上のカップル成立を見届けてきた。実を言うとこの仕事に就いたのは他の企業から内定が貰えなかったという後ろ向きな理由だった。就職氷河期にあって仕事を選り好みしている場合ではなかった。
ただ私が「結婚しない生き方」を選んだきっかけもここにあった。それは二年目で出会ったAさんという男性だ。彼は「結婚したいが自分に自信がない」と肩をすぼめた。分厚いメガネ。シワの寄ったシャツ。表情も乏しく、笑みがない。たしかにお世辞にも女性が寄ってくるようには見えなかった。自信のない男性を好きになる女性は早々いない。「僕を幸せにしてくれませんか」なんて言われてもいい気はしないだろう。だが私は知っていた。誰だってダイヤの原石。磨けばきっと光ること。
その日からトレーニングが始まった。服を変え、髪型を変え、メガネを変え。たったそれだけのことが大きくAさんを変える。
「凄く素敵ですよ!」
「そ、そ、そうですか」
Aさんがはじめて笑う。さらに「女性に美味しい料理を作ってあげたい」と言うAさん。聞けば長年お母様の介護をしていたので家事経験はかなりあるとか。早速料理婚活のために社内のキッチンで試作に取りかかった。するとあの内気なAさんとは思えないほど手際がいい。
「おいしい!」私は絶賛した。たかがスープ。されどスープ。丁寧に煮込まれた牛スジのテールスープは三ツ星レストランに匹敵するくらい美味しかった。スープは、すくう、ものだからきっと誰かの心を元気にするはず。Aさんのスープを飲み終わったあと私は手を合わせた。彼ならきっとできると願った。そしてどうかうまくいきますようにと祈った。
そして当日。Aさんは見事にカップルになった。相手の女性が言う。「介護のお母さんのためにスープを作っていると聞いて。やさしい人柄に惹かれました」Aさんは顔を真っ赤にして照れた。そんな二人にしばらく私は拍手を送り続けた。そして、拍手をされる側だけではなく、拍手を送る方も幸せなんだと気づいた。
それからというもの、すっかり結婚から遠のいた。仕事でもプライベートでも、拍手を送ってばかりいる。周囲は相変わらず結婚を催促する。でも、ひとから何と言われようと、いまの私には幸せがある。いまの立場から得られるものが、いまの立場からしか得られないものが、ぜったいに、ある。
先のことなんかわからないし、わかりたくもない。ただ間違いなく言えることは、十年後も二十年後も間違いなく私は大きな拍手を送っているということだ。